旭化成が水素の新方式で米社と提携 量産化の鍵を探る
ニュースの概要
旭化成は、米国のPower to Hydrogen(P2H2)と、陰イオン交換膜(AEM)を使う水電解システムの量産と商用化を評価する覚書を結んだ。両社はすでにこの方式を共同で開発してきた。今後数年のうちに、P2H2が持つ技術と、旭化成が既存の水電解事業で積み上げた製造力・事業化の経験を組み合わせる。そのうえで、量産体制の整え方や市場への出し方を具体的に詰める計画である。AEM方式は、太陽光や風力のように出力が揺れる電気に対応しやすく、既存方式の弱点を補えると期待される。今回は製品発売の発表ではなく、あくまで商用化の可否を見極める段階に入ったという合意である。
引用元: 旭化成、Power to HydrogenとAEM水電解システムの商用化で覚書(Business Wire)
分析・見解
既存方式の弱点を埋める第三の選択肢
水素を水から作る装置は、大きく二つの方式が先行してきた。一つはアルカリ水電解で、安価だが電気の増減に弱い。もう一つはPEM(=固体高分子膜を使う方式)で、変動に強いが、白金やイリジウムといった高価な貴金属が欠かせない。AEMはこの中間をねらう。アルカリ並みの安い材料を使いながら、PEMのように素早く出力を変えられる可能性がある。理屈の上では「いいとこ取り」であり、だからこそ世界中で研究が進んでいる。
旭化成が持つ強みと、P2H2に足りないもの
旭化成は、塩を電気分解する食塩電解の膜やアルカリ水電解装置で長い実績を持つ。福島の大規模水素製造施設向けの装置でも知られ、数十メガワット級を動かした経験がある。膜の設計、セルの組み立て、プラントの運転という工程を一社で語れる企業は多くない。一方、スタートアップ型のP2H2は、新しい膜と触媒の組み合わせで性能を引き出す技術に強みを持つ。研究室の性能を、年間数千台規模で同じ品質に再現する力は、後者にはまだ乏しい。今回の提携は、この補完関係をそのまま形にしたものと読める。
最大の関門は膜の寿命と、量産時の品質の揃え方
AEMの泣きどころは、膜が化学的に傷みやすく、寿命が短くなりがちな点だ。PEMは数万時間の運転が当たり前になっている。AEMがそこに追いつかない限り、装置のコストが下がっても、交換費用で帳消しになる。さらに、膜を大面積で均一に作る作業は想像以上に難しい。わずかなムラが局所的な劣化を招くからだ。覚書の段階で「製造規模の拡大を評価する」と言っているのは、この壁を正直に認めた表現でもある。逆に言えば、旭化成の膜製造の知見が最も効く領域に、問題が集中している。
世界の水電解市場で日本勢が巻き返せるか
水電解装置の市場では、中国メーカーが低価格のアルカリ装置で大きなシェアを握る。欧州ではPEMを手がけるメーカーが先行する。日本勢は、規模でも価格でも正面から戦いにくい。だからこそ、次世代方式で技術の主導権を握る戦略に意味がある。AEMで先に量産の型を作れれば、膜という中核部品の供給元として、世界の装置メーカーに影響力を持てる。装置本体で勝てなくても、部材で稼ぐ道が開ける。これは日本の素材産業が得意としてきた勝ち方でもある。
ビジネスへの影響
装置の導入を考える企業が今やるべきこと
水素を自社で作ろうとする工場や自治体は、AEMをすぐ買う候補にするより、監視対象に置くのが現実的だ。商用機が出ても、初期の機種は実績が少なく、保証条件も固まらない。今は、既存のアルカリやPEM装置の見積もりを取りつつ、AEMが実用域に入ったときの乗り換えを想定した設計にしておくとよい。たとえば、電源設備や配管のスペースに余裕を持たせておくだけでも、後の入れ替え費用は大きく減る。
部材や周辺機器の供給側にとっての商機
装置が量産に向かえば、膜、触媒を担持する素材、セルの枠に使う樹脂や金属部品の需要が生まれる。中堅の素材メーカーや加工業者にとっては、大企業の量産ラインに入り込む好機になる。ただし、採用の判断は性能試験の結果次第で、数年単位で動く。今のうちに試作品を持ち込み、評価の窓口を作っておく企業が有利になる。
投資判断で見落としやすい三つの確認点
関連銘柄や事業提携を考える人は、覚書の言葉を割り引いて読む必要がある。確認すべきは、第一に膜の寿命の実測値、第二に量産時の歩留まり(=良品の割合)、第三に水素一キロあたりの製造コストの目標だ。この三つが公表されて初めて、事業としての見通しが立つ。覚書の発表だけで過度に期待するのは危うい。