REPORT 04

水素ステーションと燃料電池モビリティの現況

乗用車の停滞と商用車シフト インフラビジネスの転換点

水素エネルギーの「顔」として整備が進められてきた水素ステーションと燃料電池車(FCV)。しかしその市場は当初の期待どおりには拡大せず、業界は戦略の再構築を迫られています。キーワードは「商用車シフト」です。本ページでは、水素ステーションの経営実態と、燃料電池モビリティ市場の構造変化を報告します。

このページの要点: 国内の水素ステーションは約160カ所で頭打ち傾向にあり、FCV世界販売も年1万台強で停滞しています。一方で、走行距離が長く燃料消費の大きい大型トラック・バスへの燃料電池搭載は経済合理性が見えやすく、トヨタ第3世代FCシステムやいすゞ・ホンダのGIGA FUEL CELLなど、商用車を軸にした再出発が業界の共通戦略になっています。

国内水素ステーションの現状 約160カ所の実像

日本の商用水素ステーションは約160カ所前後で推移しており、世界でも有数の整備密度を持ちます。政府は2030年までに1,000基程度という目標を掲げてきましたが、近年は新設ペースが鈍化し、採算難による閉鎖も発生して純増が止まりつつあるのが実情です。ステーション1カ所の建設費は数億円規模と、ガソリンスタンドの数倍に達し、FCVの普及台数が少ないため稼働率が低く、運営費補助なしでは赤字という構造的な課題を抱えています。

図1 水素ステーション事業の構造課題

FCVが少ない1台あたり需要が限定的
稼働率が低い売上が固定費を賄えない
新設が鈍る利便性が上がらない
FCVが売れない「鶏と卵」の悪循環

この悪循環を断つ策として、需要が計算できる商用車フリートと基地型ステーションの組み合わせが注目されています。

この「鶏と卵」の悪循環を打開する装置として設立されたのが、トヨタ・ENEOS・岩谷産業など民間各社が出資する日本水素ステーションネットワーク合同会社(JHyM)です。インフラ事業者・自動車メーカー・金融投資家が整備リスクを分担する枠組みで整備を支えてきましたが、業界の関心はいま、確実な水素需要を生む商用車向けの大容量ステーションへ移りつつあります。

水素ステーションには、都市ガス改質や水電解で敷地内製造する「オンサイト型」、外部から圧縮水素や液化水素を受け入れる「オフサイト型」、トレーラー一体の「移動式」という形態があり、立地の需要特性に応じて使い分けられています。移動式は初期投資を抑えて需要を試せる利点があり、地方都市での導入例が積み重なっています。形態の多様化は、画一的な整備から需要起点の柔軟な整備への転換を支える技術基盤です。

規制見直しとコスト低減の取り組み

水素ステーションのコスト構造を重くしてきた要因の一つが、高圧ガス保安法に基づく厳格な保安規制です。82MPaという超高圧の水素を扱うため、使用できる鋼材の制約、保安距離の確保、有資格者の常駐義務などが課され、欧米よりも建設・運営コストが高くなる一因と指摘されてきました。政府は規制の性能規定化やリスク評価に基づく見直しを段階的に進めており、セルフ充填の解禁、遠隔監視による無人運営の許容範囲拡大、使用可能鋼材の拡大などが実現してきています。

設備面では、圧縮機・蓄圧器・ディスペンサーといった主要機器の標準化・パッケージ化によるコスト低減が進みます。加地テック・日立プラントサービスなどの圧縮機メーカー、日本製鋼所などの蓄圧器メーカー、タツノなどの計量機メーカーと、ステーション機器は日本企業の裾野が広い分野です。大型商用車向けには充填圧力・流量を高めた大容量規格の整備が国際的に進んでおり、次の設備投資サイクルの焦点となっています。

海外の制度動向も参考になります。EUは代替燃料インフラ規則(AFIR)で、2030年までに主要幹線道路の200kmごと、および主要都市圏に水素ステーションを整備することを加盟国に義務づけました。商用車の幹線輸送を明確に想定した設計であり、「乗用車向けの面整備」から「物流回廊のインフラ」へという発想の転換は、日本のステーション政策の見直しとも方向性が一致しています。

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FCV市場の現実 乗用車の停滞

燃料電池乗用車の世界販売は年間1万台強で停滞しており、電気自動車(BEV)が年間1,000万台規模へ急拡大したのとは対照的な状況です。車種もトヨタMIRAI、ヒョンデNEXO、ホンダCR-V e:FCEV(プラグイン機能を備えた燃料電池SUV)と限られ、水素ステーションの少なさ・車両価格・水素燃料価格という三重の制約が普及を阻んでいます。BMWはトヨタと燃料電池で提携し2028年の量産車投入を予告していますが、乗用車FCVが短期に量的拡大へ転じるとの見方は業界内でも少数派です。

地域別に見ると、世界のFCV市場をリードしてきた韓国は、政府の購入補助と充填インフラ整備でNEXOを中心に普及を進めてきましたが、近年は伸びが鈍化しています。米国ではカリフォルニア州の水素小売価格の高騰が乗用車FCVの経済性を悪化させ、販売が急減しました。燃料価格が普及を左右するという構図は世界共通であり、車両の性能改善だけでは市場は動かないことを各国の経験が示しています。

ただし、これは燃料電池技術の敗北を意味しません。燃料電池の特性である「短時間充填」「長い航続距離」「重量物への耐性」「寒冷地性能」は、稼働時間が長く車両重量が大きい商用車でこそ生きるからです。乗用車で磨かれた燃料電池スタックの技術と量産設備は、いま商用車・定置用・鉄道・船舶へ横展開されつつあり、市場の重心移動が明確になっています。

商用車シフト FCトラックが本命需要に

燃料電池モビリティの本命と目されているのが大型トラックです。大型長距離輸送では、バッテリーでは電池重量が積載量を圧迫し充電時間も長いため、水素の優位性が相対的に高まります。国内では、いすゞ自動車とホンダが共同開発した燃料電池大型トラック「GIGA FUEL CELL」が物流事業者との公道実証を拡大しており、2027年度の量産開始を目標に掲げています。トヨタと日野も燃料電池大型トラックの実証を重ね、コンビニ配送などの中小型トラックでも実装が進んでいます。

この流れを支えるのが、トヨタが2025年2月に発表した第3世代燃料電池システムです。ディーゼルエンジン並みの耐久性、燃費1.2倍、大幅なコスト低減を掲げ、2026年以降に日本・欧州・北米・中国で商用車を中心に展開される計画です。中国では政策支援を背景に燃料電池トラック・バスの導入が世界最速で進んでおり、燃料電池商用車の保有台数で世界最大の市場となっています。米国でもカリフォルニア州の港湾ドレージ(コンテナ輸送)を中心にFCトラックの実装が続いており、商用車起点の水素需要は、ステーション事業の採算を変えるゲームチェンジャーとして期待されています。商用車以外の船舶・鉄道への展開はブログ記事「乗用車の先へ 水素モビリティの主戦場」で詳しく報告しています。

路線バスも着実な実装が続く分野です。トヨタの燃料電池バス「SORA」は東京都心を中心に100台超が営業運行しており、営業所に整備した専用ステーションで集中充填する運用モデルが確立されています。決まった路線を毎日走るバスは水素消費量が計画しやすく、自治体の脱炭素方針とも整合するため、地方都市への展開が続いています。バス・トラック・タクシーといった業務車両の集積が、地域の水素供給網の核になるという実例です。

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ステーションビジネスの担い手たち

国内の水素ステーション運営は、岩谷産業とENEOSの2社が過半を担い、これに東京ガス・大阪ガスなど都市ガス系、エア・ウォーターなど産業ガス系が続く構図です。岩谷産業は液化水素の製造・物流で国内シェアの大半を握る「水素のパイオニア」であり、ステーションはその川下展開に当たります。ENEOSは全国のサービスステーション網と製油所水素を持つ強みを生かし、ガソリンから水素への燃料転換をにらんだ布石として位置づけています。

今後の構造変化として注目されるのが「基地型ステーション」への移行です。不特定多数の乗用車を待つ市中ステーションではなく、バス営業所・物流センター・港湾に隣接してフリート車両へ集中供給する形態で、需要が事前に計算できるため投資回収の確実性が格段に高まります。東京都心のバス車庫併設ステーションや、商用車向け大容量ステーションの整備計画が各地で進んでおり、ステーションビジネスは「点の整備」から「需要起点の面整備」へ設計思想が変わりつつあります。

一方、海外では市中ステーション事業の淘汰も起きています。米カリフォルニア州では大手エネルギー企業が乗用車向けステーションの閉鎖を発表し、欧州でも撤退例が出ました。共通するのは「乗用車の普及待ち」モデルの限界であり、生き残っているのは商用フリートと結びついた拠点です。この世界的な教訓は、日本のステーション網の再設計においても、商用車需要との一体計画という方向を裏づけています。

データで見る水素モビリティの現在

図2 水素モビリティ関連の主要数値(2025〜2026年時点の概況)

国内ステーション
約160カ所
国内FCV保有
約8千台
FCV世界販売/年
1万台強
中国FC商用車
2万台超(累計)

各種公表値をもとにした概数。中国の燃料電池車は商用車中心に世界最大の保有規模となっています。

数字が示すとおり、水素モビリティは「乗用車の量的拡大」という当初シナリオから、「商用車・フリート起点の面的拡大」へ明確に軸足を移しました。ステーション機器・保守、車載タンク(高圧複合容器)、燃料電池スタック部材といった周辺産業にとっては、需要の質が変わることで新たな参入余地が生まれています。水素の供給価格がモビリティ普及の前提となるため、あわせてコスト構造と課題もご覧ください。